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太陽の光・月の光 天使様のメッセージ

悩みを抱えている人の癒しの場になればと思います。天使様のメッセージをお届けします。

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福音書「人を裁くな」について

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人を裁いてはいけません。

人を罪に定めてはいけません。

あなたの正義が人を罪に定めるならば、

それは正義ではありません。

あなたは、ただあなたの欲望を満たしたいだけに過ぎないのです。

それは悪の人格のすることです。

 

あなたが敵を裁き、罪に定めようとするのと同じように、

あなたの敵も、あなたを裁き、罪に定めようとするでしょう。

これは悪の人格のすることです。

悪の人格に触れてはいけません。

相手の悪の人格にさわり、目覚めさせるようなことをしてはいけません。

それこそ、悪魔や闇が望んでいる事なのです。

悪魔の手先になってはいけません。

悪魔に力を貸してはいけません。

 

そのかわり、敵をゆるしなさい。

敵に愛を与えなさい。

相手の善の人格にふれなさい。

相手の善の人格にふれて、目覚めさせることこそ、

天使や光が望んでいる事なのです。

天使に力を貸して下さい。

 

敵と言っても、人間です。

人ならば、必ず善の人格を持っています。

それが摂理です。

善の人格を持たない人がいるならば、それは人ではなく、野獣です。

野獣は人の手では育ちません。

人の手で育てられたということは、つまり、その人は野獣ではなく、人であるということです。

 

善の人格は、善の思考でもって善の行いをします。

悪の人格は、悪の思考でもって悪の行いをします。

あなたの心が、どちらの人格に従っているのか知りたいならば、

自分の行いを見てみるといいでしょう。

 

 

相手があなたを罪に定めようとするとき、

あなたは相手をゆるしなさい。

決して、相手を裁いてはいけません。

相手の善の人格にふれなさい。

 

| 哲学するヨハネ | 23:56 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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人格と光と闇について

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人の中には、善の人格と悪の人格が混ざっています。

善の人格は、美しく、高い意識と大きな視野で物事をとらえ、思考して行動します。

悪の人格は、醜く、低い意識と狭い視野(個人レベル)で物事をとらえ、思考して行動します。

 

悪の人格は、誘惑と罪の意識に満ちています。

あなたの人生でトラブルを起こすのは、あなたの中の「悪の人格」なのです。

悪の人格もあなたの人格の一部であることには間違いないので、

なくしてしまうことは困難かもしれませんが、

この悪の人格に主導権を握らせてはいけません。

 

つねに善の意識が主導権を持ち、善の意識で人生を歩めば、

人生は何の問題もありません。

 

光が闇に打ち勝つ事が出来るかは、

あなた次第です。

 

あなたが心の闇に主導権を握らせてしまったら、

心の光はどこかに閉じ込められてしまいます。

心の闇は、欲望と罪の意識で生きています。

それらは一致しています。

問題やトラブルの種を持ち、その種を育てようとします。

一人で種を育てることが出来ないので、

周囲の人を必ず巻き込もうとします。

当人には罪の意識があっても、悪気はありません。

本性でそれを望んでそうしているからです。

 

心の光に主導権を持たせることです。

そうすれば、闇はどこかへ閉じ込められます。

光が闇に打ち勝つというのは、このことを言っているのです。

心の光は美しく、幸せに満ちています。

 

 

 

何かに反応して闇のスイッチが入ったり、光のスイッチが入ります。

闇のスイッチは、欲望に反応します。

光のスイッチは、愛に反応します。

どんな状況の中でも、つねに「愛」を積極的に感じることです。

 

人は幼児のときに、言葉を覚えます。

それは、自分の意思を伝えたいという積極的な願いが、

言葉を覚えることにつながるからです。

愛を覚えるのも同じ事です。

愛を伝えたいという積極的な願いが、

愛を覚えることにつながるのです。

それがあなたの心のスイッチに反応した時、

心の光が主導権を持つことにつながるのです。

 

叩くものは開かれ、

求めるものには与えられる

と、いう言葉はこのことを言っているのです。

 

「愛という名の欲望」を伝えたいと思うと、

心の闇にスイッチが入ります。

「愛という名の幸せ」を伝えたいと思う事です。

相手や摂理を心から信頼して、幸せにしたい、幸せになりたいという思いが、

心の光にスイッチを入れるのです。

それを疑うことなく、実践出来た者が、

「光の勝利」を手にする事が出来るのです。

 

 

 

※ 愛という名の欲望か幸せかを見極める時は、以下を参考にしてください。

  欲望の愛の場合は、心が乱れます。

  幸せの愛の場合は、心が穏やかになり落ち着きます。

| 哲学するヨハネ | 19:18 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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信念について

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与えられた人生はとても複雑です。

先ほどの記事で信念について書きましたが、

信念を貫く事で何かを失う代わりに、

その信念が善であれば、報酬を受け取ります。

善なる信念を貫かない事で、

罪を重ねていけば、悪魔に魂を売ることになります。

悪魔の導きでもって、人生を歩み始めますので、

未来において、物事は、順調にいくようにみえても、必ず失敗・崩壊します。

 

善なる信念を貫けば、物事はいったん崩壊しますが、必ず報酬を受け取ります。

罪を重ねれば、悪魔の導きを受けて、最終的にはもっとひどい状況や崩壊へとつながります。

善なる信念を断念することが、罪を重ねることになるのなら、

信念を貫く事です。

罪を重ねるのは、悪の信念を貫くことと同じです。

信念の内容が善か悪かを見極めたい時は、それを貫く事の意味を知ることです。

それを貫かないと、罪を重ねることになるのなら、あなたの信念は善です。

それ以外の信念は、悪もしくは個人的なレベルの信念です。

個人的レベルの信念であれ、信念を貫くときには、相手も自分も傷つけますので、

信念を貫くかどうかは慎重に考えた方が良いでしょう。

 

 

本当に、信念・正義は、とても難しい人生問題のひとつだと思います。

 

| タロットカードの世界観 | 23:57 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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タロットカードと人生

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タロットカードを私が感じる部分でみると、

 

  •  1のカードは、ひらめき、ひらめきによる行動力、ひらめきによる方法の発見
  •  2のカードは、情報収集、勉強による情報収集
  •  3のカードは、報酬、金銭報酬、
  •  4のカードは、支配、権力、リーダー
  •  5のカードは、高い意識、高い意識に基づく法則
  •  6のカードは、流行、その場限りの楽しさ、遊び、本気ではない
  •  7のカードは、念力、念、強い思念
  •  8のカードは、「力」として見た場合、怖いもの知らず、無鉄砲、力でねじ伏せる
  •  9のカードは、内省、経験を参考にする
  • 10のカードは、タイミング
  • 11のカードは、「正義」として見た場合、良薬口に苦し、精神的な痛いところを突く、信念を貫く、両刃の刃
  • 12のカードは、試練、忍耐、トレーニング、地道な訓練
  • 13のカードは、過去の整理、清算
  • 14のカードは、無心、大きな力で動く、自分以外の力の影響・協力
  • 15のカードは、欲望
  • 16のカードは、自分の力ではどうにもならない、不可抗力、自然現象による失敗・崩壊
  • 17のカードは、与えられた事を喜んで受け取る
  • 18のカードは、罪
  • 19のカードは、やる気、元気
  • 20のカードは、自分の行いの正しさ、行いの結果を受け取る
  • 21のカードは、これ以上ない幸せ、幸運
  •  0のカードは、白紙、何をするか決めていない状態、初心

 

以上のような感じです。

それで、本来のタロット占いとはまた別に、

この数字と意味で人生をみていくと、

この中で、とても良いカードは、

    1、5、9、14、17、19、20、21

の計 8枚であり、このカードが全部正位置で揃うと、不安も心配も悩みもない状態になれます。

それと、人の中には、

この8枚のカードの他に2枚の別のカード(それは、人それぞれ違います)が用意され、

計 10枚のカードがその人の人生を表します。

この中の特に8枚のカードの逆位置のカードが、あなたの人生の悩みを生みます。

 

悪いカードは、

    6(場合にもよりますが)、15、18

の計 3枚です。

特に15、18のカードは、すべてのトラブルの要因になります。

残りの2枚のカードの中にこのカードが入っている人は、

人一倍、心根を正し、意識を高く持つことが大切になります。

そうでないと、このカードを持っている人自身がトラブルメーカーになるからです。

 

人生を表す10枚以外のカード(残り11枚)は、人生の補佐・補助的な役割を持ちます。

 

この中で、難しいカードは、

11正義です。(マルセイユ版では8)

信念・正義を貫くのは悪い事ではなく、むしろ良い事のようにも思えますが、

両刃の刃でもあるので、相手を傷つけ、自分も傷つきます。

正義を貫くには、それ相当の覚悟が必要です。

中途半端ではすまされません。中途半端になるくらいなら、しない方がマシかもしれません。

やりきった後は、自分自身も何かを失ったり、傷ついたりしますので、

後のフォローが必要です。

 

| タロットカードの世界観 | 13:44 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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美しさと醜さについて

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この世に真の正義は存在しません。

正義は、単なる自己肯定や他者否定に過ぎません。

あなたの人生に他者が関わることに限度があるように、

あなたも他者の人生に関わるのは限度があるのです。

 

信頼というのでもなく、愛情というのでもなく、

人が求めていることに応えることこそが、

望まれた姿であるといえるでしょう。

 

それは、ただ単に、相手の言葉に振り回されることを意味しているのではなく、

相手の人生向上に役立てることを意味しています。

低い意識は、苦しみを生みます。

人は、苦しみから逃れたいと思っています。

つまり、誰もが高い意識にあこがれ、そうなりたいと思っているのです。

それが、人があなたに求めることなのです。

これこそが摂理への信頼につながっていくのです。

 

瞬間の欲望を抑えきれない者は、

誰かがとめてくれることを望んでいます。

その人の態度を見ていたら、とてもではないけれど、

それをとめて欲しいようには見えないかもしれません。

自ら望んでそうしているとしか思えないかもしれません。

でも、本当は誰かにとめて欲しいのです。

醜いものが好きな人はいません。

人の本能は、美を好み、美に近づきたいと思っているのです。

明らかに醜い態度をとるときは、

本人も自分の醜さを感じて、醜い自分を嫌っています。

自傷行為に及ぶ人は、その証です。

当人は「気持ち良い」と感じるからそうしますが、

醜い自分を傷つけるのが気持ち良いと感じるからそうするのです。

美しい自分を傷つけたいと思う人はいません。

 

醜い部分を増長するのではなく、

美しい部分を探し出すことが大切です。

自分の中の美しさに気がつけば、

他者の中にも美しい部分があることがわかります。

(美しい部分が隠されていたり、眠っている状態であるかもしれません)

 

たとえ、心が醜くなる理由が、他者や環境、悪霊などの影響であったとしても、

それを克服するかしないかは本人の意思の問題です。

すべてを自分以外のものに責任転嫁することは間違っていますし、

責任転嫁している限りは、醜さは改善されることはないでしょう。

美にはほど遠い存在であり続けることは、

自分を苦しめ、周囲を苦しめます。

 

人生を終わらせたくなかったら、

自分の中の美しさを自分の力で見つけることです。

 

この世は厳しいのが現実です。

「甘え」は受け入れられません。

他者に「醜い」レッテルを貼られる前に、

「美しさ」でもって自分を守ることです。

 

 

| 哲学するヨハネ | 12:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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