FC2ブログ

太陽の光・月の光 天使様のメッセージ

悩みを抱えている人の癒しの場になればと思います。天使様のメッセージをお届けします。

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

ツイッターのまとめ 「いじめと言葉」

lotus flower83 


昨夜ツイッターのまとめです。


いくら先生や偉い人たちが、上から「いじめはいけません」と言っても、いじめはなくなりません。
いじめられっこは、大人が非力であることを思い知らされ、逆に失望してしまいます。
人の心を変えるのは、生半可なことでは不可能です。一人ひとりの心に寄り添う必要があるのです。

現実的に、一人の担任が40名の生徒一人ひとりの心に寄り添うことは現実的に不可能です。
いえ、たった一人の生徒にすら寄り添うことは不可能かもしれません。
なぜなら、親が自分の子供の心にすら寄り添えていないのが現実だからです。

でも、実の親でも、子供は自分たちの思い通りにはなりません。
親が理解出来ない人生を背負ってくる子供もたくさんいます。
少子化になっても、子供の問題は減りません。人間とは、そんなに簡単な存在ではないのです。

先生が生徒をいじめる。生徒が先生をいじめる。先生同士がいじめあう。生徒同士がいじめあう。
そして、いじめは学校の中だけではありません。親子や兄弟、上司部下、同僚、夫婦、恋人同士・・・
いろんな場所で起こっています。

いじめ云々をどうこうと言うよりも、人生にはいろんな選択肢があるということや、
いろんな物の見方・考え方があるということや、いろんな人がいるということや、
運不運や相性の良し悪しがあるということなどを教えたり学んだりするほうが早いかもしれません。

そして、何よりも効果的なのは、「自分を知る」ということです。
一番難しいことではありますが・・・。



【今日のツイッターのまとめ】

どんなにきれいごとを並べても、それは現実ではない。
きれいごとを言うことは社会貢献にはならない。
自己満足・・・でしかないかもしれない。
「言葉」は本当に難しい道具です。

美しい音楽や美しい絵画、美しい建造物のように、
美術・芸術としての美しい文学、美しい言葉なら「文化貢献」になります。
でも、それは現実を語るものではなく、あくまで芸術です・・・。

夢を売るような言葉は、映画のようなエンターテイメントとしての文化貢献です。
言葉で社会貢献するとしたら、現実を語らねばなりません。
現実は厳しいので、厳しい言葉になるのです。
でも、現実の中で生きていくためには、厳しい言葉こそ必要なのです。

ネットやいろんな形で言葉を発信している人たちは多いですけど、
文化貢献されるのはとても良いと思います。私も言葉の文化貢献・・・大好きです。

不幸な人には厳しい言葉が必要です(現実)。

不幸は、あなたの人生を奥深いものにしてくれます。
やがて人生や人を軽んじないあなたのもとに、あなたを慕う人たちが集うでしょう(文化)。

ただ、どちらにしても、自分が思ってもない「言葉」を発すると、それは嘘になります。
文化貢献するにしても、自分が思っている、信じている言葉を発したほうが良いかな・・・と思います。

自らが願う言葉は、聞き入れられない。けれど、あなたに与えられた願いは、叶う。
God dosen't listen what you want to...but your wish that God gives you become true....
英訳するとこんな感じかも。
英語はどうしても英語圏の言語なので、キリストとか神とかという単語を入れると
しっくりくる気がするのは、私だけでしょうか??




出来てない人に対して「どうしてこんなことも出来ないのか」と本当のことを言うのはいじめではありません。
けれど、これをいじめだというのであれば、それは間違っています。
出来ている人に対して「出来てない」と言うのは、単なる嘘か悪口です。

出来ていない人に対して、暴力を振るうのは、これは暴力なのでいけません。
出来ていない人に対して「どうして出来ないんだ。」と言うのは、出来ていない人に対してではなく、
なぜ出来ないのか理解できないという焦りや苛立ちを表現していることになります。

出来ない理由が理解出来ないがために、言葉で説明できないがために、つい手が出てしまう・・・。
でも、相手に、手を上げてはいけません。
この場合、表現としては、自分自身を殴るほうが正しいかもしれません。
だって、相手を理解出来ない自分に腹を立てているのですから。

出来ていない人に対しては、
「出来ているか出来ていないか、どっちだと思う?出来ていないと思うなら、出来ない理由を考えろ」
が正しいかもしれません。
「出来ている」と答えたなら「Aよりも出来ているか?」と別の質問を投げかけるのです。

「Aよりも出来ます」と答えたなら、「Aに勝ってみろ」と。
「勝てません」と答えたなら「なぜ勝てないのか考えろ」と。
どんどん考えさせるのです。



理解出来ないときに、相手を責めるのは、単なる八つ当たりです。

八つ当たりをいじめだと思う人も多いでしょう。

相手に誤解されないためにも、

理解出来ないときは、相手に考えさせるように仕向けるのです。

相手本人も「理解出来ない」場合は、

させようとしていることが相手に合わないという証拠ですので、

辞めさせる・・・というのが正しい対処法かもしれません。







| 心のメッセージ | 13:28 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑















非公開コメント

http://healingsun.blog37.fc2.com/tb.php/476-d8fd3791

PREV | PAGE-SELECT | NEXT