FC2ブログ

太陽の光・月の光 天使様のメッセージ

悩みを抱えている人の癒しの場になればと思います。天使様のメッセージをお届けします。

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

善悪の種

lotus flower39 


善悪の判断基準は、何なのか・・・と考える人もいると思います。


私たちは、社会を構成して生きています。

動物と人間の違いは文化社会の形成能力だと思われます。


善悪の基準を持っているのは、

ヒトだけです。

動物に善悪の基準はありません。


ということは、

善悪は、社会文化の形成と関係しているということがいえます。


社会への貢献度と善悪は比例しているのです。


善意が高ければ高いほど、

人類社会に貢献します。

悪意があればあるほど、

人類社会に害を及ぼします。



これを前記事の種の話に置き換えると、

善の種というのは、

社会貢献の種であり、

悪の種というのは、

社会に害を及ぼす種・・・ということになります。



個人の欲望を満たす種というのは、

それが害を及ぼすなら悪の種であり、

社会貢献になるのなら、

善の種になります。


でも、たいていは、

個人レベルの欲望は、

社会に反していることが多いので、

悪の種になりやすい・・・と思います。




種をまくときは、

それが、どれだけ社会に貢献するか、ということを考え、

その種を育てる労力と時間を想像し、

決して、途中で諦めない、放棄しない根気が試されます。




種まきというのは、

具体的にいうと、

選択するという行為そのものです。


たとえば、

結婚する・しないでいうと、

結婚する選択をするのか、しないという選択をするのか・・・

そのどちらが、社会貢献につながるかということを考え、

社会貢献度の高いほうを選ぶと、

善い選択・・・つまり、善い種を撒いたということになるのです。



そして、種をまいたなら、

結婚する(しない)ことを貫く努力が必要になります。

結婚する(しない)で生きていく環境づくりをしていく必要があります。



途中で、

育てることを放棄することは出来ません。

放棄しようとしても、撒いた種は残っているので、

いつまでも、頭の中で、意識してしまいます。


たとえば、

結婚する選択肢を選ぶと、

結婚したくないと思っても、

結婚したほうがいいのだろうか・・・という思いが頭に浮かび、

迷うことになります。

そうして、いつまでも堂々巡りを繰り返すのです。



それならば、いっそ、諦めずに種を育てたほうがいいのでないか、

とも思います。


ただ、その種が「悪の種」だった場合は、

育てないほうがいい場合もあるので、

一概には言えないのも本当のところです。


なので、

堂々巡りでいつまでも同じ悩みを抱えているのも、

意味がある・・・ともいえますし、

そのほうが良いことも往々にしてあるのです。



| 心のメッセージ | 15:53 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑















非公開コメント

http://healingsun.blog37.fc2.com/tb.php/424-a105b763

PREV | PAGE-SELECT | NEXT