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太陽の光・月の光 天使様のメッセージ

悩みを抱えている人の癒しの場になればと思います。天使様のメッセージをお届けします。

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超越した存在について

white lotus11 

 

ヨハネ福音書の中の

「ペトロの信仰宣言」では、

 

命を与えるのは「霊」である。

「肉」は何の役にも立たない。

 

という一説があります。

(この後、「ユダの裏切りを暗示する」という展開になります。)

 

この一説は、

「この世を超越した存在こそが、命を与える。

人智は何の役にも立たない」

という意味だと思われます。

この一説に書かれている「霊」とは、単に、「魂」という意味では無くて、

この世には、この世を超越した存在が存在していて、

この世の生命(いのち)のカギは、すべてその存在が握っているとでも言わんばかりです。

 

 

その後の「イエズスの教えの源」では、

 

わたしの教えは、超越した存在の智恵であって、

わたしの智恵ではない。

だから、わたしはわたしの栄誉を求めない。

 

「イエズスはメシアか」では、

 

超越した存在は本当におられる。

わたしはその方のもとから来て、その方の智恵を話している。

しかし、わたしの話を理解しない者は、その存在を知らない。

 

と、いうような内容の下りがあります。

 

以上の内容で読み取れるのは、

超越した存在がある・ないという二極性では、

超越した存在がある=幸せ    超越した存在がない=不幸

となりますが、

この二極性を高い意識で融合すると、

「超越した存在があってもなくても、幸せでも不幸せでもない」という真理が見えてきます。

 

  ※商売気の有る人は、

   超越した存在のある・ないという、ひとつのエンターテイメント性を強調して、

   人の興味を引くための演出に使う人もいます。

 

 

「超越した存在」の存在を強調して、

「自分だけが、その存在を知っている。」と、いう下りの、

本来の意味は、

「誰もが、超越した存在を感じる事が出来て、

誰もが、メシアになれる可能性を秘めている」

というのが正しい解釈だと思われます。

 

 

ヨハネの福音書は、

「魂を感じる・意識する」ことからはじまって、

「超越した存在を感じる・意識する」までの人生の旅を導いているのです。

超越した存在を意識すれば、

この世の中の人生の二極性(ある・ない=幸せ・不幸)などどうでもよくなって、

人間関係の束縛や呪縛から解放されるであろう。

と、いうことを教えているのです。

| 哲学するヨハネ | 02:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑















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