生霊を哲学すると、、、
生霊にとりつかれている人というのは、
生霊本体・相手から必要以上に「何か」を求められていると感じています。
求められているけれど、与える事が出来ないために、
生霊・相手に対して、とりつかれている人が罪悪感を抱くのです。
求められても、与える事が出来ないので、
気分が重くなり、憂鬱になり、罪悪感を抱くのです。
そして罪悪感が自分の能力に制限をかけます。
少し、心理・哲学的な難しい話になりますが、
相手が求めているものが「何か」をつきつめていくと、
行き着くところは、「歪められた満足感」です。
相手は、家族に対してだけ求める事が出来ることを、あなたに求めているのです。
相手は、きっと、家族が近くにいるならば、家族にも同じように求めていると思います。
そして、家族は、相手の求めたものを与えているはずです。
けれど、相手は、求めていることに対して少ししか与えてもらっていない、
という思いがあるはずです。つまり、不満があるのです。
いつも、「足りない」と感じているのです。
そして、もっと複雑なのは、相手も家族に対して少ししか与えていないという
罪悪感を持っているのです。
家族に対する不満と罪悪感が、「歪んだ満足感」を味わいたいという心理の原因なのです。
「歪んだ満足感」は他人へと向けられます。
「足りない」ものを補うためです。
「足りない」内容は、様々です。
優越感、理解、思いやり、愛、大事に扱ってほしい、健康、お金、刺激、性欲、などです。
相手が「足りない」ものを、他人のあなたに求めたら、
(つまりターゲット、標的にされると言う事です。)
求められたあなたは、応えなければいけないような気分になります。
相手は、あなたを標的にしていますので、
どこまでも執拗に追いかけてきます。
あなたは、どこまでも、
求められる事に対して応えなければならないという圧力をかけられたように感じるでしょう。
それが結局あなたにとってストレスや重荷になり、疲れ果ててしまう原因となるのです。
もし、あなたが他人に「足りないもの」を求めているとしたら、
「足りないもの」は他人では満たされません。
つまり、あなたの求めていること、思考は、非現実的なのです。
足りないという否定的思考は、非現実的な思考によって、
マイナス・エネルギーとなり、あなた自身や相手を傷つけます。
これが生霊なのです。
実際に、求められる事に対して応える事が出来ないのが事実です。
「足りないもの」は、家族に求めなさい。
そして、足りないものは家族が補ってくれることを信じなさい。
実際にそれは、家族だけが補ってくれるのです。
だから、何よりも家族を大切にすることです。
| 心のメッセージ | 18:40 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑